
ふと、思い出したので書いてみます。
2年くらい前の話です。
当時、まだ3歳だった娘は某音楽教室のようなところに通っていました。
と、いってもまだ3歳だったので、音楽に合わせて多少体を動かしたり、少し打楽器なんかに触れたりする程度の場所だったのですが、そこの音楽教室では年に1回発表会があるのです。
結構大きな音楽ホールのようなところでその発表会は行われまして、3歳ながらも母親と一緒にステージに上がって音楽に合わせて身体を少し動かすような事を行う予定でした。
ステージに上がる衣装は赤いTシャツにジーンズ。
これは、ステージに上がる音楽教室のクラス(のようなもの)の人達みんなで話し合って、統一しようという事で決めたようです。
で、発表会の当日朝。
準備だなんだとバタバタしていた時。
娘はあろうことか、一枚しか持っていない(記憶が正しければ確か)買ったばっかりのジーンズに蛍光ペンだかクレヨンだかで落書きをしはじめたのです。
今まで、全くそんな事をしたことも無く、壁に落書きをした事が数度ありましたが、当然その時は怒ってやめさせ、そんなことはしない子だったのですが、この日に限って何故か今日まさに今から履いてこうとしてるジーンズに落書きをしているのです。
当然妻が怒り、娘は泣き、会場に行く途中にあるジーンズメイトで子供用のジーンズを買って事なきを得たのですが、会場に行く車の中で僕が考えていた事は次のような事でした。
「こうやって、怒った事で僕らは娘のクリエイティブな才能を潰してしまったかもしれない。」
もしかしたら、娘は発表会という大事な日に、みんなと同じジーンズをはくのではなく、少し目立とうと思ってペンでジーンズに落書きをしたのではないかと考えたのです。
つまり、彼女なりに目立とうとしたのではないかと。
発表会という晴れの舞台を3歳ながらに意識して、特別なものにしたかったのではないかと。
大人でも、ジーンズに落書きをする人なんてめったにいません。
いるとしたら、原宿とかにいるごく少数なオサレな方たちだけです。あとは特殊な服飾デザイナーとかでしょうか。
その、オサレな人たちと、ジーンズに落書きをしない人達の違う部分っておそらく感性なんだと思うのですが、子供は元々とても自由な発想をもっていて、とてもクリエイティブで、とてもフラットなのです。
後から考えると、ジーンズに落書きをした子供を叱るという行為は、ジーンズに落書きはしないもんだという、親の普遍的な感性が子供のクリエイティブな才能の一部を刈り取ってしまった瞬間のように思えてしまったのです。
娘は二度とジーンズに落書きはしないでしょうから。
例えば、ノートにお絵かきをしている子供を見ると、空の色を黄色に塗りたくってみたり、不思議な事をしている事があります。
でも、聞いてみると理由があったり、独特の感性をしっかり持っているのです。
「空は青いから、青で空は塗るんだよ。」
と、教える事は、もしかしたらそのクリエイティブでセンス抜群の子供の感性を強制的に普遍的なものにねじ曲げているだけなのかもしれない。
そう思って、最近は怒る前に一呼吸置いて考えるようにしました。
なぜこんな事をしたのだろう?
と。
そして、自分が子供だった頃を少しだけ思い出せるのです。







































こうやって子供の感性、可能性を大人が潰しているのかもしれません。
子供なりに考えて行動してるんですから、子供の個性を伸ばすには、親としてそれをまず認めてやることが大切なんでしょうね。
何故かそれが大人になるとなかなかできないんですよね・・・。